ブラック個人事業主の社員の物語③~個人間融資家と秘密の六本木

俺は毎日田中と行動を共にした。

最初に気づいたのは、

田中はマジで運転がヘタだ。

志村どうぶつ園のパンくんのゴーカートの方がまだ安全だ。


そして多分田中は日本人じゃない。

たまに見たことないアプリで全て漢字のみのチャットもしている。

食べるものも中華料理ばっかりだ。


田中に色々教わった。

個人間融資とは人のトラブルを解決する仕事だ。


だから、借りたい人の不安が何かを聞くところから始める。


例えば、

闇金から借りてしまって、

親や会社に取り立てに来られると困る。

担当ホストをナンバーに入れる為にシャンパンを入れたけど、売り掛けを払える自信がなくて担当を困らせてしまいそうだ。


借りたい理由はそれぞれ違う。


お客さんの困っている事と、お客さんの喜ぶ事を理解しないと、

融資していいのか断るべきなのか、

全く判断できない。


田中について毎日話を聞いていた。

こいつは馬鹿じゃない。


お客さんがソフト闇金から借りていて、

ソフト闇金の借金をバックれても、

田中にだけは返す意味が理解できる。


ソフト闇金は返さなかったら嫌がらせだが、

田中は嫌がらせでなく当たり前の話をしに会社や家に直接行く。


しかもお客さんの会社や家族に対して最後までお客さんとの秘密を守る。


さすがに我慢の限度もあるようだが、

いろんな闇金から攻撃されて精神的に参っている客を追い込むことはしない。


俺が、闇金の奴らよりも返させるのが上手いですね、と言うと

「人間だから話せばわかるでしょ」

と言った。


弱い人間を脅すソフト闇金とはやり方が真逆だ。


ただし田中は嘘つきには容赦しない。

相手が嘘をつくとまあまあ酷いことも平気でする。


俺は田中の身振り手振りを真似して、

田中の一語一句をコピーした。


そして貸し付け、返済、お客さんの家族との話し合いなど、

覚えた事から順に自分でやっていった。



田中と出会って2ヶ月が過ぎた。


夏も終わったというのに、

地球がバカになったかのような暑さのせいでこっちもバカになりそうな9月の午後、

俺は田中の事務所で黙々と書類整理をしていると、田中がいきなり口を開いた。


「明日の予定は?」

明日はちょうど貸し付けも返済もないですよ。

珍しく明日は予定がない。

ゆっくりできそうだ。


「うん。じゃ六本木いくよ」

キャバクラですか?

六本木なんて行った事ない。

わくわくして田中の目を見ると、

田中はいつものように無邪気な顔でにこにこしていた。


「うん。その前に友達のバー行く。弁護士の先生と。」

こんな自己中な奴に友達がいたのは驚きだが、

田中が弁護士と交流がある事にも驚いた。

田中さん友達いたんですね。

「うん。昔一緒にジャコウネコのフンの輸入やってた仲間で、インドネシアから帰ってきてこの前六本木でバー出したんだって。」

友達と言うよりビジネスパートナーか。

だよな、さすがに田中に友達はいないだろ。

話を聞いて納得した。


六本木に着くと、田中はGoogleマップを見ながらバーをやっている某に電話で道を聞いていた。


田中はいつも道に迷う。

こいつと比べたら、はじめてのおつかいの方が見ていてまだ安心だ。


最終的に道を聞くために交番を2軒はしごして、ようやくバーにたどり着いた。


「久しぶり。」

田中はいつも通りにこにこしている。


「先生、飲んでますね、

部屋の住み心地はどうです?」

カウンターにいる恰幅のいいケンコバみたいなお兄さんが弁護士先生のようだった。

「うん。ジムついてるからやる気でちゃってダイエット頑張ってるよ」

どうやら田中は最近弁護士にマンションを紹介して契約をとったらしい。

「3日坊主でしょ?」

田中はにこにこ笑った。


あいさつ代わりのやり取りが終わると、

田中は座ったと同時にチャイナブルーを頼んだ。

バーでも中華か。

「生ください」

バーで頼む酒の名前なんて知らない。

とりあえず生だ。


先にビジネスの話で口を開いたのはマスターだった。

「で?経常利益はどう?」

「間違いないね。」

田中はいつになく真顔で友達の目を見て続けた。

「去年の第2クオーターより1.8倍ってとこかな。」

田中は声を落とした。


田中は上場企業の役員にも金を貸している。

その会社の取締役会の方針で、今期の連結決算にここ1年の子会社の黒字をまとめて乗っけて、一気に利益を上げ、株主にアピールする策略がある事を田中は聞いていた。


これは違法なインサイダーには当たらない。

記者会見で発表するレベルの重要な事実を握っているわけではないからだ。


田中は続けた。

「おまけにもう一つトリックがあるんだ。過去1年、広告会社に毎月100万円の広告費を払ってるんだ。でも全く広告なんて出してない。」

「それって不正な経理じゃないの?」

マスターは眉をひそめた。


「違うんだな。1年で総額1200万円の広告費を払ってる。1200万円ぶんの大広告を今月と来月に一気に打つんだ。」

確かにトリックだった。


なるほど。株式会社〇〇か。

頭の中にメモした。

明日野村證券行って証券口座作って買ってやろう。


バーのマスターとは便利なものだ。

この店には与党の若い人間もよく遊びに来る。


こんな情報が物凄い金額に化けたりする。


弁護士先生がバーテンの女の子と2人で爆笑しながら話しているのをよそに、

田中は続けた。

「確かな話なんて世の中にはないから。がっかりさせたらごめんね。」

みんなの顔さえつぶれなければ、

儲かったらラッキー、損したらワラパイでいこう。

田中はいつものにこにこで話を締めくくった。

マスターもうなずいた。

「だね。サンキュ。」


2軒目のキャバクラが楽しみで仕方ない。


六本木の夜はまだまだ長い。