ブラック個人事業主の社員の物語②~とある派遣バイトの末路

ちょうど2年前、

セミがギーギー鳴いたり寿命が来て木から落ちたりしている街路樹を見上げながら、俺は携帯を取り出した。


マナーモードにしたワイモバイルの格安スマホがジージー震えている。

『ソフト闇金リブート』からの着信だ。


どうしよう。

昨日の闇金のときはレターパックでの郵送返済だったから、

届くまで1日かかるのを利用して違う住所に送ってうまくごまかした。


リブートへの前回の返済の時は、

返済口座番号を聞いた瞬間警察に電話して口座凍結させて時間を稼いだ。


でも2度目は通用しない。


払わなかったら親の職場にも連絡すると言われている。


俺のおやじは新生銀行本社の管理職だ。


昔ソフト闇金の返済が遅れておやじの職場に電話された時は、

おやじがすぐに払ってくれたが本気で怒られた。


その時おやじが借金をすべて払ってくれたのに、また借金する事になったのはギャンブルのせいだ。

パチンコは金に余裕がないと勝てない。


遅い。

『個人間融資の田中』とやらはいつ来るんだ。

返済の期限は午後3時までなのに。

やっぱりTwitterなんかで出会ったやつは信用できない。

イライラで携帯をにぎる手が震えると、やっと着信がきた。

「遅くなりました。どんな格好してますか?」

白の長袖Tシャツにジーパンです。

「あっ、見えました。」

ぷっぷーっと2回クラクションを鳴らすと、ピンクのリネンシャツに白い短パンの男がにこにこして現れた。


「どうも田中です。駐車場止めたら喫茶店行きましょうか」


金貸しだから竹内力みたいな怖いお兄さんが来ると思っていたが、

何のことは無い。ふざけたカラフル野郎だった。


ルノアールに入るとウエイトレスが水を持ってくる前に、にこにこしながらアイスティーを注文した。

せっかちな性格らしい。


俺は免許証を見せて給料明細を出すと、

ソフト闇金から借りている事を話した。


6件借りていて、毎日のように返済日が来る。

利息だけで毎週4万円払っている。

給料より高い金を払えるわけがない。

完済で17万だ。

俺の給料より高い。


田中はうんうんとただ聞いている。

「借り入れはそれだけですか?」

はい、と答えながら心の中では借りれるわけがないと思っていた。

「貸しますか、うん、貸しましょ。」

田中は軽くそう言い放った。


ほんとかよ。どうせ口座でも作らされるんじゃないかと警戒した。

「でもね、その前にいくつか聞きたい事があるんです」

田中は俺に10個くらい質問をしてきた。

好きな芸能人の事、パソコンを開いたらいつも何を見るのか、などどうでもいい事ばかりだった。

俺はめんどくさいし答えたくなかったから、適当に話していた。


田中は真夏の太陽のようににっこり笑うと、

「うん、いいですよ。貸しましょ。その代わり」

出た。口座を作らされるのか。

「私の社員になって下さい。」

は?

時が止まった気がした。


田中の目はセサミストリートのエルモのようにらんらんだ。

こいつは一体何が楽しいのだろうか。

別にいいけど、俺があっけにとられて答えると、

「じゃあ広告の打ち方から教えるから。

やる気あんの?ないの?ないなら先に言って。今の話は無しにするから。

あるなら容赦なしで仕事してもらうから。悪いけど休みとか一切ないよ。

あと24時間電話には出れるようにしといて。

行けって言われたらどこでも行けるよね?

さすがに明日アフリカに行けとは言わないから安心して。」

行きたくないです。


こうして俺は、東京で一番労働基準法を無視している奴と一緒に仕事する事になってしまった。


そして田中は、個人間融資で初めて人を雇うことになった。


「月収50万まではすぐだから。月収100万超えたいなら半年は我慢しな。」

とりあえず今の派遣バイトより稼ぎはだいぶ増えそうだ。


文:梅田彰

編集:田中嫁