ある日のメンヘラの話②~個人間融資家とソープ嬢の自殺旅行②

東北道を走ると日光もそう遠くない。

夕方には到着しそうだ。


華厳滝に立ったら、後ろから押して欲しいですか?」

彩音が、はい、と答えると

田中は

「だめです。そんな事したら殺人になっちゃいますよ。」

と笑った。

死ぬ覚悟があるんですよね?

と笑顔でいう姿は気味が悪かった。


「僕ね、日光に始めてきたのは小学校の時だったんです。

その後中学に入って、ツレ達と単車でいろは坂を攻めに行ったんです。

当時は皆窃盗物のバイクでした。

そんな風に見えないでしょ?」


彩音は、はい、とつい答えてしまった。

死ぬのに人と話す必要なんてない。

さっきはどこで死ぬのか場所を知りたかったから話しかけただけだ。

勘違いしないでほしい。


それでね、康平ってヤツがいたんですよ。


やたら女に手が早くてね。

浮気がバレるといつも彼女に怒られてました。


でも男気あるやつでね、仲間が誰かにやられたら、そいつを必ずやりに行くんですよ。

相手が何歳上でも、何人いてもね。

当然返り討ちで負ける時もありますよね。

その時はボコボコで僕ら住んでた団地に帰ってきて、

今度はみんなでやりに行くって言ったら止めるんですよ。

一対一で男が負けたんだからもう終わりだって言うのね。


康平って言うのは僕の一番の親友でね。

いつもこればっかり聞いてました。


そう言って田中は昔のm-floをかけた。

金曜日のスカラに

君を忘れに踊り明かすよ今夜

I'll sing you this song


彩音が初めて付き合った彼氏も聞いていた曲だった。


踊るくらいで全部忘れられるなら、

死にたいなんて思わないよ。

彩音は小さくつぶやいた。


あっ、こんな話どうでもいいですよね。

ご飯食べましょ。

最期のメシだから僕がおごりますよ。

お金ないでしょ。


「いらないです」

彩音が断ると、

田中は

「この世で最期のメシの話は、あの世で先輩たちにウケるらしいから食べなさい」

と押し切った。


彩音はレストランに到着してびっくりした。

日光の名店『明治の館』は、

扉をくぐる前から気品あるれる空間が広がっていた。


「ここで食べるんですか?」

彩音はびっくりしながら聞くと、

田中は

「冥土の土産話になるでしょう?」

と笑った。


湯葉のサラダが来た。

ずっと何も食べてない。

口に入れると、傷んだ胃にも優しい味だった。


彩音さんが死んだら、あの世では彩音さんが僕より先輩になるんですよね、

僕が死んだら面倒見てくださいね、

レストラン連れてったこと、あの世で忘れちゃだめですよ、

と笑う田中は本当に不思議な人だと彩音は思った。


彩音はひどい空腹だったので、ステーキは最高に美味しく感じた。

最期のディナーは大満足だった。


彩音さん美味しそうに食べますね。そんなに早く食べたらお腹壊しますよ。あ、もう死ぬんですよね。」

彩音はなぜか田中のひどい冗談に笑ってしまった。

後は死ぬだけなら笑うしかない。


「僕正月は実家に帰るんです。彩音さんは?」

「もう死ぬから帰らないです」

田中が子供みたいにくつくつ笑うと、

彩音もつられてくつくつ笑った。


死ぬ話をするとみんな心配した振りをする。

ホストなら話聞くから店に来いって言われる。

田中みたいにふざける奴は初めてだ。


死ぬ前に生きる楽しさを感じられて良かった。

食事しながら誰かと笑うなんて久しぶりだ。


「ねえ一緒に死んでよ」

彩音はなんとなしに言った。

「嫌ですよ。嫁も子もいるんだから死ねません。彩音さんとは違うんです。」

そうだよね、彩音の声は聞こえないくらい小さくなった。


「行きましょ、華厳滝まで車ですぐですよ」

田中は席を立ち、彩音も黙って立った。

僕は彩音さんを絶対に止めません。

ちゃんと遺書書いてくださいね。

他殺だって疑われるのは御免ですから。

あと18金とか貴金属は全部下さい。

ガソリン代にするんで。

そう言って田中は車のエンジンをかけた。


これから自分は死ぬんだ

死んだら空っぽになるのかな。

モノに変わっちゃうのかな。

ステーキ美味しかったな。


~③へ続く