ある日の昼下がりの話~個人間融資家、絶賛張り込み中

朝の5時に起きたが全然眠くない。

今日返済日だったはずのお客さんの家に絶賛張り込み中だ。


僕の家から北千住まで1時間近くかかった。

家の斜め前の電信柱の横に1時間半座っている。

まだ朝7時なのに汗が出るほど暑い。


昨日司法書士から電話が来た。

『杉田様への債権取り立ては、すべて当しもだ司法書士事務所を通してください』

と言われたので、無言で電話を切った。

手付金をもらって利益の為に動いている人間と話しても時間のムダだ。


アキラから電話が来た。

『こっちの仕事終わったら張り込み交代しますよ』

と言われたが、一人でやるよ、と一言言って切った。


約束の日に返済しない杉田さんはパチンコ好きで、負けた時に借りに来た。


仕事もパチンコ屋の店員だが、店に取り立てに行くとクビになってしまう。

さすがにクビはかわいそうだ。


飛んだ人間はピンポン押しても出てくるわけがない。

だから当然家を張り込むしかない。


杉田さんが平気で約束を破るのは許せないが、

僕の貸した金は給料日に分割返済だ。

返せなくなるわけがない。


最初から借り逃げするような汚い人間にも思えない。


何か事情があって司法書士を入れる結果になったのかもしれない。


そう思っていると、杉田さんが家から出てきた。

チャリにまたがった瞬間声をかけた。

杉田さん?

「あっ...

杉田さんはジェイソンでも見たかのように目玉をまん丸にして驚いた。

そんなに怖がらなくていいですよ、家族や会社を巻き込むために来たわけじゃないんだから。


「あの...司法書士の先生を通して...

はっきり物を言えないのは、約束を破った罪悪感からか、まだ人間の心は失っていないようで、

僕は内心ほっとした。


じゃあ司法書士に電話して下さい。代わりますよ。

「はい」

杉田さんは震えた汗だくの手で携帯を取り出した。


『しもだ司法書士事務所です』

「杉田です。金を借りてる人が来ました。代わってください」

あせっているのか話のテンポが異常に早い。

僕はすぐ電話を代わった。

はい、田中です。

司法書士の下田です。ご本人への取り立ては恐喝行為になります。刑事告訴しますよ。』

どうぞ。こちらには借用書と委任状がありますので、民事不介入の原則によって警察は本件に介入できません。


『杉田さんへの取り立てはできません。当司法書士事務所が法定代理人となっています』

そうですか。失礼ですが本当に司法書士の先生かどうかわかりません。

弁護士の振りして電話をかける詐欺も流行っているじゃないですか。

先生こちらに来てもらっていいですか?

『わかりました。本人に代わってください』


僕は本人に電話を返した。

杉田さんは苦虫を噛み潰したような顔で司法書士と話していた。

「あーそうですか...出張五万円ですか...いや、結構です。はい。すいません」

杉田さんが電話を切った。

僕は意地が悪いのであえて聞いてみた。

先生はいつ来るんですか?

「いや、来ません」

わかりました。

今日は仕事は休んで下さい。

会社に電話して。

カラオケボックスで話しましょう。

「いや、それは」

じゃあ会社の中で話しますか?

「いえ、休みます」

弁護士や警察はボディーガードじゃない。

24時間一緒にいてはくれないのだ。

杉田さんは観念したようだった。


カラオケボックスは涼しい。

張り込み中暑くて倒れそうだった。

アイスレモンティーが届くと、僕はいきなり本題に入った。

どうして司法書士入れたんですか?

杉田さんは「すいません」と一言しか言わなかった。

僕の貸したお金は分割だし、月に一回給料日返済だから困るわけないのに。

逆にこういう事になる方が困るでしょう?


僕はなぜ杉田さんが司法書士に走ったか何となくわかっていた。

「実は短期のソフト闇金に借りてしまって...


パチンコ狂いはみんな同じ事をする。

とくにTwitterで『個人融資』と言いながら振込み融資をする闇金はタチが悪い。

個人だからと安心してだまされてしまう。

本来は僕じゃなく、1週間4割のソフト闇金のために司法書士に助けを求めたのだった。


でも残念ながら司法書士には何の意味もない。

僕は杉田さんに聞いた。

司法書士入れて、どうなりました?

「短期闇金からは昨日の夜、家族と会社に死ぬほど電話が掛かってきました」

うん、それで司法書士にいくら払ったんです?

7万円です」

うん、それ、意味ありました?

「いえ、無かったです」

うん。司法書士は手付け金商売だから、金さえもらえばおしまいなんですよ。

「すいません」

謝れなんて言ってないですよ。

「すいません」

短期闇金に借りた人間はみんな頭がおかしくなる。

1週間スパンで5000円借りて10000円返し

給料日じゃないんだから、その10000円が払えない。

だからまた同じグループの短期闇金10000円の20000円返しで借りる。

期日は1週間後だ。

それを繰り返すと、1ヶ月後には、最初に借りた5000円は70000円くらいになっている。


毎日のように返済日が来て、

「家族に電話するぞ」

「会社に電話するぞ」

と脅されると、頭がおかしくなって、

ネットで大々的に広告している商売上手な司法書士事務所に電話してしまい、

司法書士からも金を取られる。

『安心して下さい。私がいれば払う必要ないですよ。』

これが司法書士の営業トークだ。

ピンチにつけ込むやり方は僕ら金貸しと一緒だ。


司法書士を入れると、ソフト闇金のヤツらは怒って家族や会社に攻撃を始める。


まさに負のスパイラルだ。


僕は杉田さんの目を見て、次の言葉を待った。

「もうどうしたらいいかわからなかったんです。」

やっと本心を言ってくれた。

ここからが僕の仕事だ。


カラオケボックスを出ると、杉田さんを連れて弁護士の倉田先生の事務所に向かった。

僕と倉田先生とは家族ぐるみの付き合いで、倉田先生が駆け出しの頃からの仲だ。

僕の電話は最優先にしてくれる。


事務所のドアを開けると、杉田さんを紹介した。

闇金で困っている事、司法書士に言いくるめられて手付け金を取られた事、洗いざらい話した。


じゃあ先生、後はいつも通りでいきますか。

「了解。じゃあ杉田さん、勤め先のパチンコ屋に電話して。」

杉田さんはおびえたような顔で戸惑いながらも、先生にうながされて会社に電話した。

「あの、杉田です。あの...今弁護士事務所にいて、」

いいから代わって、と先生が杉田さんの電話を取り上げた。

ここからは職人芸だ。


電話の内容は言えないが、

平たく言うと杉田さんは架空請求の被害にあってしまって、

借りてもない金を詐欺グループに請求されている事にしてしまった。

詐欺グループは個人情報の名簿を使って犯行におよんでいるので、

勤め先や家族に迷惑がかかる可能性があるため、

弁護士から職場に注意の電話をした、というストーリーを作ってしまった。

闇金が職場に「金を返せ」と電話しても、店長は詐欺師だと判断して一切取り合わなくなった。


次に倉田先生は杉田さんの奥さんにも電話して、

杉田さんが詐欺被害にあっている、

借りてもいない金を請求され、

金を払わないと家族に危害を加えると脅され、

誰にも言えず今まで一人で抱え込んでいた、

というストーリーを作ってしまった。

杉田さんには詐欺グループの電話を着信拒否させたから、

嫌がらせで自宅に出前が届く可能性もある、その場合の対処方法もしっかり伝えた。


司法書士なんか入れちゃだめだよ杉田さん。闇金のやつらの嫌がらせが始まっちゃったら大変だよ」

でももう家族に電話来ても大丈夫だよ、ハハハハハ、と先生は大きな体を揺らして笑った。


西新橋の雨空の中、行き交うサラリーマンが早足で通り過ぎて行く。

「本当にありがとうございました!」

杉田さんは深々と僕に頭を下げた。


自分の利益になる時だけ頭を下げて、

逆の時は手のひらを返す。

それが債務者だ。

杉田さんもそう。


でも、僕はそんな杉田さんが好きだ。


人それぞれ決まった能力がある。

杉田さんの能力では、家庭や職場での自分の立場を守って普通に生きていくことができない。

そもそも現代社会で生き残る知恵がないんだ。


汚いオレオレ詐欺グループが経営しているソフト闇金に、杉田さんのような弱い人達が食われているのが

今の世の中の現状だ。


僕は善人なんかじゃないから、

弱い人を助けようとは思わない。


自分のお客さんだからってこんなの業務の範囲外だ。


でも嫌いな人間じゃなかったら、力をちょっとだけ貸すのは面倒臭いとは思わない。


今日はアキラとナイトプールに行こう。

あいつ『ナイトプールのライトに照らされると、女の子の可愛さが3割増ですよ』とか言ってたな。

嫁と子供も連れてこう。

じゃないとまた嫁に怒られちゃうな。


~完~