ある日の夜の話~個人間融資とキャバ嬢の愛人契約①

「合わせて120万です。」

彼女は上目遣いで僕をにらみ、売り掛けの合計金額を言った。

21歳の女の子でもホストに行くと金銭感覚がぶっ飛ぶ。

外巻きの金髪に、どきっとするくらい綺麗に整った小さな顔に不安がつのっていた。

「ましろさん」という名前の通り、人形のように肌が真っ白だった。


わかりました。

担当や店には絶対に借りた事は言わないから安心して下さい。


お客さんは泣きそうな顔で

「ごめんさない」

と頭を下げた。


お客さんが謝ることないですよ。

僕には何もしてないでしょう?

僕は謝るお客さんに笑顔で返した。


普段の強気な性格が目力の強さに出ている。

友達と他店に行った時にバンバン売り掛けで飲んで月の稼ぎを大幅に超えてしまった。

「好きなもん飲め飲め」

と男前な事を言ったらしい。


売り掛け回収日に「払えないかもしれない」とホストに告げると、

「飛んだら実家の親から返してもらうか、ソープで働いてもらうからな」

と言われたそうだ。


ソープで働くのはいやですか?

僕はお客さんの気持ちを聞いた。

「絶対いやです。汚いおっさんのち〇こなめたくないです。」

そかそか。じゃあ120万僕に借りてどうやって返しますか?

……

お客さんは黙った。

返すことまで考えていなかったみたいだ。

とりあえず今の家計を計算しましょ!

考えるのはそれからです。

と、僕はノートとペンを取り出した。


キャバの給料 50万円


家賃 9万円

食費 9万円(タバコ代込み)

光熱費1.2万円

携帯 2.5万円(iPhone7カケホとデータ20ギガ契約+au光)

洋服 5万円

ネイル・美容室・化粧品など 3万円

雑費3万円(シャンプーなど消耗品や交通費その他)


合計生活費 32.7万円


給料-合計生活費=17.3万円


紙に書き出したら結論はすぐに出た。


毎月17.3万しか残らないんですよ?

お客さんの給料でこの売り掛け払うには8ヵ月以上かかります。

僕だってこの給料でこの金額貸すことはできません。

ホストの言う通り、ソープ行くしかないですよ。


「絶対いやです。毎日5人も6人も抱かれるのいやです。」


うーん、嫌な事しないと120万作れないでしょう?

120万円も売り掛けして、それを貸してくれと言われたらソープの他に手は浮かばなかった。


「あたしが稼げる女だって証明すればいいんですよね?」

もちろんですよ。

僕は言い切った。

僕が言いたいのはまさにその通り、稼げるか稼げないかの話だ。


「じゃああたしを抱いて下さい。それで百万貸せるか決めて下さい。何でもやります。」

何が「じゃあ」かわからないが、きらきらの強い瞳を僕に向けたお客さんの表情は真剣なままだ。

冗談で言ってないのはわかった。


いやそういう事じゃなくて、僕に抱かれても金は出ないですよ。

お金払う人に抱かれないと。

相手も真剣だ。僕も真剣に答えた。


「じゃあ今からお金持ちのパパ探してきます。手伝ってください。」

うそでしょ?

パパ?

あっけにとられる僕を、

お客さんはまだきらきらの上目遣いで見ていた。

真剣に言ってるとしたら、この子はぶっ飛んでる。

なぜか僕はこう答えた。

いいですよ。探すの手伝います。

あーあ、言っちゃったよ。


今思えば何で手伝いますなんて言ったのか、きっと僕は流されやすいんだ。

あの時の僕は、これから大変なトラブルに巻き込まれるのをまだ知らなかった。


二人で六本木に行った。


愛人契約は性的関係が義務付けられていたら違法だ。

でも僕が知っている限り、〇〇省の官僚も〇〇党の先生も〇〇不動産の役員もみんなやっている。

彼らはセックスの代わりに金をくれとは言わない。

ただびっくりするような金額を黙って渡してくる。

セックスは暗黙の了解みたいなもんだ。


バーをはしごした。

金持ちはいっぱいいたが、

なかなか愛人契約の話まで持っていけなかった。


「会計は立て替えといて!儲かったら返すから!」

4軒目で僕の頭を好きなだけひっぱたいた後、ましろはドヤ顔で言い放った。

金がないなら無いなりの飲み方しろ、と言いたかったが、

カラオケを歌いきったMay J.ばりのドヤ顔で大ジョッキのシャンパンを干すましろを見ていると、

こう言うしかなかった。

はいはい、払っときますよ。

「ひゃっほー」

ましろは百万借りに来た人というより、百万手に入れた人の顔してバーテンに絡んでいた。


僕は金持ってそうなおじさんを見つけるたびに声をかけたけれど、朝まで粘っても成果は出なかった。

ましろなんてパパ探しよりサパーの全裸ダンスに夢中になっていた。


「何の得にもならないのに、こんなに遅くまで付き合ってくれてすみません。続きは明日ですね。」

すみませんであるか!明日も付き合わせるんかい!

いつもの敬語が吹っ飛んだ僕を、

「お願いします。」

とましろは上目遣いににらんだ。


ただ働きとわかってて付き合わせるとはいい根性していると思ったが、

成果なしで終わるのはしゃくだ。

明日も頑張ろ!精一杯やるけど結果上手くいかなかったらごめんなさい。

また言っちゃった。

僕はやっぱり流されやすいんだ。


首が痛くて起きた。

もう昼過ぎだ。

飲んでたから車の中で寝たのか。

ルームミラーを見ると、ましろは後部座席をフルに使って死んだ金魚みたいに口を開けて寝ていた。

無防備すぎるでしょ。

きっと金が無いせいで相当ストレスが溜まっていたはずだ。

片親の母にも金を貸しているらしい。

僕はましろを起こさず、表参道にナビをセットして車を走らせた。


続く