ある日のメンヘラの話~個人間融資家とソープ嬢の自殺旅行③

華厳滝に行くにはいろは坂を登る必要がある。

ものすごいカーブの連続だ。

彩音はよく事故にならないものだと思った。

自分の死に場所に近づいていく悲しさと恐怖がつのっていった。


「この道です、康平たちと単車で走ったのは。

ここで健二ってやつが野グソしたんですよ。やばいでしょ。」

彩音の耳には田中の声はほとんど入っていなかった。


それでね、と言って田中は坂の途中で急に車を止めた。

降りてください、と言われて彩音も田中と一緒に車から降りた。

見てください、と田中の指す方向には、まだ新しい花束があった。


「ここで康平が事故って死んだんです。」


彩音ははっとして田中の方に振り向くと、

田中の顔にいつもの笑顔は無かった。

田中は涙を流していた。


時が止まったようだった。

田中は遠い目をして、ここにいない親友を想っていた。


彩音さん、この花は康平の彼女が先月の命日に届けたものです。

もう結婚して子供もいるのに、

あれから15年も経ってるのに、

付き合って3ヶ月で死んだのに、

忘れないんですよね。


彩音も涙が止まらなかった。


下を向いて泣いている彩音の顔を覗き込んだ田中は、

笑顔に戻っていた。


彩音はその場に崩れた。


私は誰かとご飯を食べて楽しいと思える。

当たり前の幸せを感じられるんだ。

康平という男はもうなにも感じる事さえできない。

彼女に謝ることもできない。


「死のうとしてごめんなさい...

彩音の嗚咽混じりの声は、辛うじて言葉になった。


彩音さんは売り掛け返したいんでしょ?」


はい、と彩音が答えた。


田中は続けた。

「優しいから自分が犠牲になって死のうとするんです。

このままだと、彩音さんの優しい気持ちを誰も理解しないまま終わりますよ?」


いやだ。

みんなに最低の女だと思われたくない。

でも自分がした事の代償だ。

彩音は黙って下を向いた。


携帯貸してください。

僕が彩音さんの代わりにホストにLINEしますよ。

死ぬ気だったんだからいいでしょ?


はい、と彩音が答えると、

田中は彩音の携帯を横取りした。


「大丈夫。

過去は消えなくても、やり直せますよ。」

そう言うと田中は、

彩音の携帯を操作してホストのLINEをブロック解除し、

メッセージを送った。


「未収のお金、会って渡せないから振り込むね

口座番号教えて

トラブルがあって分割になる。

ごめんなさい」


送りましたよ?

もう一通送りますね。

「出稼ぎで稼いだ金は家に張り込んでた金融屋に全部取られた。」


全部送りました。

逃げなきゃ全てやり直せますよ。


「はい」

彩音は崩れたまま泣きながら返事した。

最初からこうすれば良かった。

どうせ二店舗合計150万、

約束通り払えるはずが無かった。


できない約束を重ねるたびに

未来の嘘が増えていく

最後は全部壊れるんだってわかると

消えてしまいたくなる


田中は崩れた彩音の手を握って、

ゆっくり起こした。


「大丈夫。

素直な気持ちがあれば、

誰かが彩音さんの味方になってくれますよ。」

田中はやっぱり笑顔だった。

「帰りましょ。」


私決めた。

もう一回出稼ぎ行って、

次は2人のホストに毎日3万円ずつ

払おう。

保証6万ならなんとか払える。

ちゃんと担当に電話して全部話そう。

もう嘘は終わりだ。




1ヶ月後、売り掛けを完済した彩音に担当ホストから電話が来た。


彩音、俺気づかなかったよ。

彩音が俺の電話出なかったあの時、

つらい思いしてたんだな。」


何の事か彩音が聞くと、担当はすごい事を話し始めた。


担当の携帯に知らない番号から電話が来て、

金融屋の田中と名乗り、担当の知らない事実を次々と話してきたという。


ホストの電話に出なかったのと同じ時期に、彩音に金を貸していたこと

きつい取り立てをしていたこと

車に乗せて日光の山に連れて行って死なそうとしたこと

死ぬ間際に彩音が『ホストの売り掛けだけはちゃんと払いたい』と言ったこと

その言葉に田中は真っ直ぐな気持ちを感じて、もう一度車に乗せて家に帰したこと


話を聞いて電話を切った後、

びっくりして言葉が出なかったそうだ。


担当は

「毎日3万円ずつしか返せなかった事、文句言ってごめんな。

山にさらわれるくらい怖い思いしたら、電話も出れなくなるよな。

怖くて逃げたいのに、頑張って返してくれたんだな。」

と優しく言った。


なんかずいぶん勘違いしているけど、

何も言わないでおこう。

田中は嘘は言ってないが、

伝わり方がすごかった。


ちゃんと最後まで返して良かった。

1ヶ月かかったけど、

何も残らなかったけど、

失っていた大切な物を取り戻した気がした。


ソープはやめた。

田中の友達が経営している銀座のラウンジに面接に行くことにした。


銀座で働くのは初めてだ。

歌舞伎町ではたくさん失敗してきた。

この街で一から自分を磨いて、

後悔のないように真っ直ぐ生きていきたい。


面接まで3時間あるのに、彩音は早めに化粧を始めた。


窓の外、遥か空の彼方には雨上がりの虹が掛かっていた。


~終~

ある日のメンヘラの話②~個人間融資家とソープ嬢の自殺旅行②

東北道を走ると日光もそう遠くない。

夕方には到着しそうだ。


華厳滝に立ったら、後ろから押して欲しいですか?」

彩音が、はい、と答えると

田中は

「だめです。そんな事したら殺人になっちゃいますよ。」

と笑った。

死ぬ覚悟があるんですよね?

と笑顔でいう姿は気味が悪かった。


「僕ね、日光に始めてきたのは小学校の時だったんです。

その後中学に入って、ツレ達と単車でいろは坂を攻めに行ったんです。

当時は皆窃盗物のバイクでした。

そんな風に見えないでしょ?」


彩音は、はい、とつい答えてしまった。

死ぬのに人と話す必要なんてない。

さっきはどこで死ぬのか場所を知りたかったから話しかけただけだ。

勘違いしないでほしい。


それでね、康平ってヤツがいたんですよ。


やたら女に手が早くてね。

浮気がバレるといつも彼女に怒られてました。


でも男気あるやつでね、仲間が誰かにやられたら、そいつを必ずやりに行くんですよ。

相手が何歳上でも、何人いてもね。

当然返り討ちで負ける時もありますよね。

その時はボコボコで僕ら住んでた団地に帰ってきて、

今度はみんなでやりに行くって言ったら止めるんですよ。

一対一で男が負けたんだからもう終わりだって言うのね。


康平って言うのは僕の一番の親友でね。

いつもこればっかり聞いてました。


そう言って田中は昔のm-floをかけた。

金曜日のスカラに

君を忘れに踊り明かすよ今夜

I'll sing you this song


彩音が初めて付き合った彼氏も聞いていた曲だった。


踊るくらいで全部忘れられるなら、

死にたいなんて思わないよ。

彩音は小さくつぶやいた。


あっ、こんな話どうでもいいですよね。

ご飯食べましょ。

最期のメシだから僕がおごりますよ。

お金ないでしょ。


「いらないです」

彩音が断ると、

田中は

「この世で最期のメシの話は、あの世で先輩たちにウケるらしいから食べなさい」

と押し切った。


彩音はレストランに到着してびっくりした。

日光の名店『明治の館』は、

扉をくぐる前から気品あるれる空間が広がっていた。


「ここで食べるんですか?」

彩音はびっくりしながら聞くと、

田中は

「冥土の土産話になるでしょう?」

と笑った。


湯葉のサラダが来た。

ずっと何も食べてない。

口に入れると、傷んだ胃にも優しい味だった。


彩音さんが死んだら、あの世では彩音さんが僕より先輩になるんですよね、

僕が死んだら面倒見てくださいね、

レストラン連れてったこと、あの世で忘れちゃだめですよ、

と笑う田中は本当に不思議な人だと彩音は思った。


彩音はひどい空腹だったので、ステーキは最高に美味しく感じた。

最期のディナーは大満足だった。


彩音さん美味しそうに食べますね。そんなに早く食べたらお腹壊しますよ。あ、もう死ぬんですよね。」

彩音はなぜか田中のひどい冗談に笑ってしまった。

後は死ぬだけなら笑うしかない。


「僕正月は実家に帰るんです。彩音さんは?」

「もう死ぬから帰らないです」

田中が子供みたいにくつくつ笑うと、

彩音もつられてくつくつ笑った。


死ぬ話をするとみんな心配した振りをする。

ホストなら話聞くから店に来いって言われる。

田中みたいにふざける奴は初めてだ。


死ぬ前に生きる楽しさを感じられて良かった。

食事しながら誰かと笑うなんて久しぶりだ。


「ねえ一緒に死んでよ」

彩音はなんとなしに言った。

「嫌ですよ。嫁も子もいるんだから死ねません。彩音さんとは違うんです。」

そうだよね、彩音の声は聞こえないくらい小さくなった。


「行きましょ、華厳滝まで車ですぐですよ」

田中は席を立ち、彩音も黙って立った。

僕は彩音さんを絶対に止めません。

ちゃんと遺書書いてくださいね。

他殺だって疑われるのは御免ですから。

あと18金とか貴金属は全部下さい。

ガソリン代にするんで。

そう言って田中は車のエンジンをかけた。


これから自分は死ぬんだ

死んだら空っぽになるのかな。

モノに変わっちゃうのかな。

ステーキ美味しかったな。


~③へ続く

ある日のメンヘラの話~個人間融資家とソープ嬢と自殺旅行①

連日の大雨のせいか、

窓の外、遥か空の彼方までどす黒く淀んでいた。


もうだめだ、死にたい...

20歳になったばっかだけど私にはわかる。

私は幸せになんてなれないって事。


彩音は出稼ぎ先のソープの寮の近くのコンビニで買ったカッターで、

手首のバーコード型の傷跡をまた一つ増やした。


真っ赤な血が洗面台に流れていくと、眠剤と安定剤をおかわりした。


今日のラストの客にガシマンされたせいで、膣も痛い。胃も痛い。胸も痛い。


顔が小さくて目が大きくて、

細い体とあどけない口元は、

一人にしておいて大丈夫かと思うくらい幼い少女のようだった。


つい3時間前、

彩音は担当ホストのLINEをブロックした。

グル〇ンと冬〇に担当がいたが、2人ともブロックした。


岡山のソープは保証8万だ。

出稼ぎは、客が1本もつかなくても最低保証はもらえる。

閑散期の11月にしては8万は悪くない金額だ。


でも担当2人には保証4万と言っていた。

どちらの担当の店にも百万円近い売り掛けがあるからだ。


「出稼ぎ行って売り掛け返すから待って」

と言ったからには、日給のほとんどを返済に充てないと相手も納得しない。

それが相手が2人もいたらどうなるだろう。


嘘の上塗りの毎日が始まるに決まってる。


当然グル〇ンの担当からは、

「保証4万なんてありえねえぞ。

そんな安い店辞めて東京戻ってこい。

スカウトやってる友達が保証8万の店紹介してくれるから」

と言われた。


どんなLINEを返せばいいんだろう。

嘘の上塗りをしている自分は最低だ。

みんなに私が悪いと思われる。

どうしよう。どうしよう。


プルルルルル

そんな時金融の田中さんから着信が鳴った。

明日は返済日だった。

忘れてたわけじゃない。

次々にいろんな問題が襲ってくるんだ。


どうしよう。どうしよう。

死にたい。死にたい。


LINEも電話も出れないし折り返せない。


3時間後、彩音眠剤を飲んで手首を切って、また眠剤をおかわりしていた。


起きたら朝だった。

ここはどこだ、出稼ぎ先のソープの寮だ。

携帯には着信90件、金貸しの田中さんからだ。

LINEはブロックしてるから、何も来てない。


あと1時間で寮にソープの内勤が迎えに来る。

準備しなきゃ、でもやる気が出ない。

とりあえず田中さんには弁護士を入れよう。

もう逃げたい。



スカウト以外全ての電話をバックれて

出稼ぎ2週間を終えて新宿に帰ってきた。

彩音の手元には130万あった。


自宅マンションのエントランスのオートロック開け、エレベーターに乗って、7階で止まって開いた瞬間、

田中さんともう1人誰かいた。

多分田中さんの仲間だ。


「回収に来ました。カバンを預かりますね。」

田中がそう言うと、もう1人の若い男が彩音のカバンを取った。


だめだ。

全額取られる。

死にたい。死にたい。


「私死にます!」

叫んでしまった。

涙が止まらない。

私はみんなからクズだと思われる。

いやもう思われてる。


「そうですか。じゃあ崖までお連れしますか?」

田中さんはいつもの笑顔でそう言った。


「連れてってください!死にたいです!」

私は叫んだ。



田中は運転手で連れてきたアキラを返し、カローラに乗り込んだ。


田中が運転席、彩音は助手席に乗った。

車は新宿から甲州街道を進んだ。

「どこ行くんですか?」

そう聞くと、田中は笑顔でこう言った。

「日光華厳滝からダイブすれば一発で死にますよ。死ぬ覚悟があるなら痛いのは我慢できますよね?」

なぜか笑顔だ。

この人はなんでいつもこんなに楽しそうなんだろう。

田中はきっと人間の心がないんだ。


こうして田中と彩音の自殺旅行が始まった。


~②へ続く

ある日の昼下がりの話~個人間融資家、絶賛張り込み中

朝の5時に起きたが全然眠くない。

今日返済日だったはずのお客さんの家に絶賛張り込み中だ。


僕の家から北千住まで1時間近くかかった。

家の斜め前の電信柱の横に1時間半座っている。

まだ朝7時なのに汗が出るほど暑い。


昨日司法書士から電話が来た。

『杉田様への債権取り立ては、すべて当しもだ司法書士事務所を通してください』

と言われたので、無言で電話を切った。

手付金をもらって利益の為に動いている人間と話しても時間のムダだ。


アキラから電話が来た。

『こっちの仕事終わったら張り込み交代しますよ』

と言われたが、一人でやるよ、と一言言って切った。


約束の日に返済しない杉田さんはパチンコ好きで、負けた時に借りに来た。


仕事もパチンコ屋の店員だが、店に取り立てに行くとクビになってしまう。

さすがにクビはかわいそうだ。


飛んだ人間はピンポン押しても出てくるわけがない。

だから当然家を張り込むしかない。


杉田さんが平気で約束を破るのは許せないが、

僕の貸した金は給料日に分割返済だ。

返せなくなるわけがない。


最初から借り逃げするような汚い人間にも思えない。


何か事情があって司法書士を入れる結果になったのかもしれない。


そう思っていると、杉田さんが家から出てきた。

チャリにまたがった瞬間声をかけた。

杉田さん?

「あっ...

杉田さんはジェイソンでも見たかのように目玉をまん丸にして驚いた。

そんなに怖がらなくていいですよ、家族や会社を巻き込むために来たわけじゃないんだから。


「あの...司法書士の先生を通して...

はっきり物を言えないのは、約束を破った罪悪感からか、まだ人間の心は失っていないようで、

僕は内心ほっとした。


じゃあ司法書士に電話して下さい。代わりますよ。

「はい」

杉田さんは震えた汗だくの手で携帯を取り出した。


『しもだ司法書士事務所です』

「杉田です。金を借りてる人が来ました。代わってください」

あせっているのか話のテンポが異常に早い。

僕はすぐ電話を代わった。

はい、田中です。

司法書士の下田です。ご本人への取り立ては恐喝行為になります。刑事告訴しますよ。』

どうぞ。こちらには借用書と委任状がありますので、民事不介入の原則によって警察は本件に介入できません。


『杉田さんへの取り立てはできません。当司法書士事務所が法定代理人となっています』

そうですか。失礼ですが本当に司法書士の先生かどうかわかりません。

弁護士の振りして電話をかける詐欺も流行っているじゃないですか。

先生こちらに来てもらっていいですか?

『わかりました。本人に代わってください』


僕は本人に電話を返した。

杉田さんは苦虫を噛み潰したような顔で司法書士と話していた。

「あーそうですか...出張五万円ですか...いや、結構です。はい。すいません」

杉田さんが電話を切った。

僕は意地が悪いのであえて聞いてみた。

先生はいつ来るんですか?

「いや、来ません」

わかりました。

今日は仕事は休んで下さい。

会社に電話して。

カラオケボックスで話しましょう。

「いや、それは」

じゃあ会社の中で話しますか?

「いえ、休みます」

弁護士や警察はボディーガードじゃない。

24時間一緒にいてはくれないのだ。

杉田さんは観念したようだった。


カラオケボックスは涼しい。

張り込み中暑くて倒れそうだった。

アイスレモンティーが届くと、僕はいきなり本題に入った。

どうして司法書士入れたんですか?

杉田さんは「すいません」と一言しか言わなかった。

僕の貸したお金は分割だし、月に一回給料日返済だから困るわけないのに。

逆にこういう事になる方が困るでしょう?


僕はなぜ杉田さんが司法書士に走ったか何となくわかっていた。

「実は短期のソフト闇金に借りてしまって...


パチンコ狂いはみんな同じ事をする。

とくにTwitterで『個人融資』と言いながら振込み融資をする闇金はタチが悪い。

個人だからと安心してだまされてしまう。

本来は僕じゃなく、1週間4割のソフト闇金のために司法書士に助けを求めたのだった。


でも残念ながら司法書士には何の意味もない。

僕は杉田さんに聞いた。

司法書士入れて、どうなりました?

「短期闇金からは昨日の夜、家族と会社に死ぬほど電話が掛かってきました」

うん、それで司法書士にいくら払ったんです?

7万円です」

うん、それ、意味ありました?

「いえ、無かったです」

うん。司法書士は手付け金商売だから、金さえもらえばおしまいなんですよ。

「すいません」

謝れなんて言ってないですよ。

「すいません」

短期闇金に借りた人間はみんな頭がおかしくなる。

1週間スパンで5000円借りて10000円返し

給料日じゃないんだから、その10000円が払えない。

だからまた同じグループの短期闇金10000円の20000円返しで借りる。

期日は1週間後だ。

それを繰り返すと、1ヶ月後には、最初に借りた5000円は70000円くらいになっている。


毎日のように返済日が来て、

「家族に電話するぞ」

「会社に電話するぞ」

と脅されると、頭がおかしくなって、

ネットで大々的に広告している商売上手な司法書士事務所に電話してしまい、

司法書士からも金を取られる。

『安心して下さい。私がいれば払う必要ないですよ。』

これが司法書士の営業トークだ。

ピンチにつけ込むやり方は僕ら金貸しと一緒だ。


司法書士を入れると、ソフト闇金のヤツらは怒って家族や会社に攻撃を始める。


まさに負のスパイラルだ。


僕は杉田さんの目を見て、次の言葉を待った。

「もうどうしたらいいかわからなかったんです。」

やっと本心を言ってくれた。

ここからが僕の仕事だ。


カラオケボックスを出ると、杉田さんを連れて弁護士の倉田先生の事務所に向かった。

僕と倉田先生とは家族ぐるみの付き合いで、倉田先生が駆け出しの頃からの仲だ。

僕の電話は最優先にしてくれる。


事務所のドアを開けると、杉田さんを紹介した。

闇金で困っている事、司法書士に言いくるめられて手付け金を取られた事、洗いざらい話した。


じゃあ先生、後はいつも通りでいきますか。

「了解。じゃあ杉田さん、勤め先のパチンコ屋に電話して。」

杉田さんはおびえたような顔で戸惑いながらも、先生にうながされて会社に電話した。

「あの、杉田です。あの...今弁護士事務所にいて、」

いいから代わって、と先生が杉田さんの電話を取り上げた。

ここからは職人芸だ。


電話の内容は言えないが、

平たく言うと杉田さんは架空請求の被害にあってしまって、

借りてもない金を詐欺グループに請求されている事にしてしまった。

詐欺グループは個人情報の名簿を使って犯行におよんでいるので、

勤め先や家族に迷惑がかかる可能性があるため、

弁護士から職場に注意の電話をした、というストーリーを作ってしまった。

闇金が職場に「金を返せ」と電話しても、店長は詐欺師だと判断して一切取り合わなくなった。


次に倉田先生は杉田さんの奥さんにも電話して、

杉田さんが詐欺被害にあっている、

借りてもいない金を請求され、

金を払わないと家族に危害を加えると脅され、

誰にも言えず今まで一人で抱え込んでいた、

というストーリーを作ってしまった。

杉田さんには詐欺グループの電話を着信拒否させたから、

嫌がらせで自宅に出前が届く可能性もある、その場合の対処方法もしっかり伝えた。


司法書士なんか入れちゃだめだよ杉田さん。闇金のやつらの嫌がらせが始まっちゃったら大変だよ」

でももう家族に電話来ても大丈夫だよ、ハハハハハ、と先生は大きな体を揺らして笑った。


西新橋の雨空の中、行き交うサラリーマンが早足で通り過ぎて行く。

「本当にありがとうございました!」

杉田さんは深々と僕に頭を下げた。


自分の利益になる時だけ頭を下げて、

逆の時は手のひらを返す。

それが債務者だ。

杉田さんもそう。


でも、僕はそんな杉田さんが好きだ。


人それぞれ決まった能力がある。

杉田さんの能力では、家庭や職場での自分の立場を守って普通に生きていくことができない。

そもそも現代社会で生き残る知恵がないんだ。


汚いオレオレ詐欺グループが経営しているソフト闇金に、杉田さんのような弱い人達が食われているのが

今の世の中の現状だ。


僕は善人なんかじゃないから、

弱い人を助けようとは思わない。


自分のお客さんだからってこんなの業務の範囲外だ。


でも嫌いな人間じゃなかったら、力をちょっとだけ貸すのは面倒臭いとは思わない。


今日はアキラとナイトプールに行こう。

あいつ『ナイトプールのライトに照らされると、女の子の可愛さが3割増ですよ』とか言ってたな。

嫁と子供も連れてこう。

じゃないとまた嫁に怒られちゃうな。


~完~

ある日の夜の話~個人間融資家とキャバ嬢の愛人契約②

日が陰る頃には表参道に到着した。

表参道の美容室の店長には先に電話で行く事を伝えてあった。


店長が僕から15万借りていることは他の誰も知らない。

昨日の夜、店長に電話でカットモデル撮影にましろを使って欲しいと頼むと、喜んで引き受けてくれた。


「いらっしゃいませー、あー田中さんカットモデルの方はこの子ですか?」

そう。ハーフのファッションモデルみたいな感じにしてね。

僕がそう伝えると店長はましろを席へ案内した。


表参道に着いてから車の中で起こされたばかりのましろは、何も聞いてないよ?とまん丸の目でうったえていた。


待っている間、ましろ用のTwitterFacebookとインスタグラムのアカウントを新しいiPhoneで作った。

iPhoneを手にして広告を作り出すと、僕は仕事本気モードになってしまう。

SNSを作るのが楽しくてしょうがない。


かわいいじゃん。写真うつりもモデルみたいで綺麗だよ。

僕はカットされたましろに素直な感想を言った。

「何でカットモデルなんですか?この後どこ行くんですか?」

ましろはまだきょとんとしていたが、

それには答えず、

お腹すいた?

と僕が聞くと、

ましろは「はい!」とトイザらスに連れて行ってもらう子供みたいに無邪気に答えた。


新しく原宿に出店したニューヨークのパンケーキの店は、連日ひどい並びようだった。

ましろは「1時間も並ぶんですか?」と不満を言っていたくせにテンションが異様に高く、

「ねえねえ見てくださいよ!もう夜なのにうちらの後ろにどんどん並んでますよ!夜でもパンケーキ食べるんですね!」

とマシンガントークではしゃいでいた。


スイーツの盛り付けが可愛かった。

僕が、

ましろ、スイーツ持って。撮るから。

iPhoneを向けるとアイドルみたいにあざとい顔で笑った。

僕が勝手に頼んだロイヤルミルクティーを飲もうとして火傷しそうになったましろを見て、今回の仕事はうまく行くと確信した。


「なんでお金ないのにCHANELなんですか?」

いいからいいから、と僕は表参道のブティックにましろを連れて行った。


これ着なよ。似合うよ。と新作のワンピースを渡すと、ましろは

「えーこっちがいいー」とだだっ子のように違うワンピースを手に取り試着室へ向かった。

「やっぱさっきのやつがいーかなー?」

と着た服のすそをさわるましろを、僕はiPhoneで撮った。

写メ自分で見て比べてみなよ。僕が選んだやつの方がいいよ。

と僕は自分のセンスを押してみた。


「あー楽しかったですね」

楽しかったね。でも疲れたね。

僕らは原宿から渋谷に移動して服を買ったり食べ歩いたり、

足が重くなるくらい遊んだ。

結局服は109で安いのを買ってあげた。

「で、夜はパパ探し行くんですよね?」

行かないよ。ナイトプール行こ!

「今日は楽しかったけど、パパ探しはどうするんですか?」

ちょっと怒らせてしまった。

ましろは僕が今までずっと仕事モード全開なのにまったく気づいてなかったようだった。

説明するしかないようだ。


とりあえず今日カットモデルやった美容室のホームページ開いてみな、と僕はiPhoneを取り出した。

ましろは美容室のホームページを見ると目をまん丸にして口をとがらせ、ひょっとこみたいに驚いた。

「え?『ファッションモデルの折原ましろさんにカットモデルお願いしました』って書いてありますよ?」

店長は頼んだとおりに書いてくれていた。

僕は楽しくなってきて、ましろ用に作ったTwitterを見せた。

「折原ましろ関西ガールズコレクション2018☆ニューヨークでファッションモデル2東京でモデル活動中アクセサリーデザイン...全部ウソじゃないですか!」

ましろは顔を真っ赤にして腕を振りながら僕にiPhoneの画面を突きつけた。


まだ写真がそろってないから、もう少し撮ったらましろに話してインスタに上げようと思ったんだ。

と説明口調で話すと、

「そっか、パパって本来モデルが使う言葉ですよね!」

ましろはやっと理解した。

本来『パパ』とは金持ちがモデルの卵を育てる育成ゲームみたいな遊びをする人の事を言う。

キャバ嬢や風俗嬢が「パパがほしい」と言うのは本来意味不明な発言だ。

そこに気づいたら話は早い。

ファッションモデルにしてしまえばいいんだ。

最新の人気スイーツを食べたり、高級な服を着て写真を撮れば、わりとそれっぽくなる。

撮影なんて新宿のスタジオでいくらでもできる。


「じゃあ今から水着撮りにナイトプール行くんですね!」

納得したとたん、ましろは悪いイタズラを思いついたネズミのジェリーみたいな顔で僕の手を引っ張り、

「プール行きましょ!バンバン撮ってください!」

と勢いよく走った。

すこぶる機嫌がいい時のましろ様には誰も勝てない。

僕は流されやすいから余計逆らえなかった。


じゃあ帰ろっか。車で送るよ、と駐車場へ向かうと、

「最高に楽しかったです!モデルになるなんてわくわくしますよ♪」

残念ながら本当にモデルになるわけではないが、楽しそうにしてるから何も突っ込まなかった。


ましろを家まで送っていると、携帯が鳴った。

先月7万円貸した医療機器メーカーの営業マンからだ。

「ファッションモデルの女の子の接待の件、ドクターはあさってがいいそうです。」

医療機器メーカーの社員は医者の接待が仕事だ。

「このクソドクターは開業医で、俺たち営業マンに運転手やら掃除やらさせて、自分の事を神だと思ってるんですよ。ファッションモデル囲うなんて見栄っ張りのドクターにはたまんないでしょ」

どうやら性格に問題がありそうだが、金を持ってるのは間違いない。

場所はホテル以外ならどこでもいいんでセッティングしといて下さい、と言って僕は電話を切った。


明日は韓国人からスーパーコピーのエルメスバーキンと財布とルブタンの靴が届く。

ダイヤのネックレスは嫁から借りよう。

人は金を持ってそうな人を、価値がある人間だと勘違いする。

高級ブランドを持っていれば、この人は大物なんだ、と錯覚する。

女に金を出す人間なんて簡単にコントロールできる。


3日後、愛人契約一ヶ月100万円、ましろは現金先払いでもらった。

僕に半分の50万円をくれたましろをドクターの家まで送っていくのは、ちょっと寂しかった。

僕は気持ちまで流されやすいようだ。



あとがき


作品の中では僕とキャバ嬢の2人の物語でしたが、実は僕ではなく社員のアキラが愛人契約のプロデュースをしました。

お客さんを通してパパになる医者を連れてきたのは僕です。


キャバ嬢の方も風俗嬢の方もみんな「パパほしい」って言うけど、

90%詐欺だから気をつけてください。

「毎月50万あげるよ。」

と言われ、

「本当に愛人になる覚悟があるか証明して」

と言ってホテルに連れていかれ、

セックスだけして逃げられるケースもお客さんからよく聞きます。


世の中汚い野郎ばっかりです。


なお、本作の登場人物は実際と異なる名前を設定しております。

ある日の夜の話~個人間融資とキャバ嬢の愛人契約①

「合わせて120万です。」

彼女は上目遣いで僕をにらみ、売り掛けの合計金額を言った。

21歳の女の子でもホストに行くと金銭感覚がぶっ飛ぶ。

外巻きの金髪に、どきっとするくらい綺麗に整った小さな顔に不安がつのっていた。

「ましろさん」という名前の通り、人形のように肌が真っ白だった。


わかりました。

担当や店には絶対に借りた事は言わないから安心して下さい。


お客さんは泣きそうな顔で

「ごめんさない」

と頭を下げた。


お客さんが謝ることないですよ。

僕には何もしてないでしょう?

僕は謝るお客さんに笑顔で返した。


普段の強気な性格が目力の強さに出ている。

友達と他店に行った時にバンバン売り掛けで飲んで月の稼ぎを大幅に超えてしまった。

「好きなもん飲め飲め」

と男前な事を言ったらしい。


売り掛け回収日に「払えないかもしれない」とホストに告げると、

「飛んだら実家の親から返してもらうか、ソープで働いてもらうからな」

と言われたそうだ。


ソープで働くのはいやですか?

僕はお客さんの気持ちを聞いた。

「絶対いやです。汚いおっさんのち〇こなめたくないです。」

そかそか。じゃあ120万僕に借りてどうやって返しますか?

……

お客さんは黙った。

返すことまで考えていなかったみたいだ。

とりあえず今の家計を計算しましょ!

考えるのはそれからです。

と、僕はノートとペンを取り出した。


キャバの給料 50万円


家賃 9万円

食費 9万円(タバコ代込み)

光熱費1.2万円

携帯 2.5万円(iPhone7カケホとデータ20ギガ契約+au光)

洋服 5万円

ネイル・美容室・化粧品など 3万円

雑費3万円(シャンプーなど消耗品や交通費その他)


合計生活費 32.7万円


給料-合計生活費=17.3万円


紙に書き出したら結論はすぐに出た。


毎月17.3万しか残らないんですよ?

お客さんの給料でこの売り掛け払うには8ヵ月以上かかります。

僕だってこの給料でこの金額貸すことはできません。

ホストの言う通り、ソープ行くしかないですよ。


「絶対いやです。毎日5人も6人も抱かれるのいやです。」


うーん、嫌な事しないと120万作れないでしょう?

120万円も売り掛けして、それを貸してくれと言われたらソープの他に手は浮かばなかった。


「あたしが稼げる女だって証明すればいいんですよね?」

もちろんですよ。

僕は言い切った。

僕が言いたいのはまさにその通り、稼げるか稼げないかの話だ。


「じゃああたしを抱いて下さい。それで百万貸せるか決めて下さい。何でもやります。」

何が「じゃあ」かわからないが、きらきらの強い瞳を僕に向けたお客さんの表情は真剣なままだ。

冗談で言ってないのはわかった。


いやそういう事じゃなくて、僕に抱かれても金は出ないですよ。

お金払う人に抱かれないと。

相手も真剣だ。僕も真剣に答えた。


「じゃあ今からお金持ちのパパ探してきます。手伝ってください。」

うそでしょ?

パパ?

あっけにとられる僕を、

お客さんはまだきらきらの上目遣いで見ていた。

真剣に言ってるとしたら、この子はぶっ飛んでる。

なぜか僕はこう答えた。

いいですよ。探すの手伝います。

あーあ、言っちゃったよ。


今思えば何で手伝いますなんて言ったのか、きっと僕は流されやすいんだ。

あの時の僕は、これから大変なトラブルに巻き込まれるのをまだ知らなかった。


二人で六本木に行った。


愛人契約は性的関係が義務付けられていたら違法だ。

でも僕が知っている限り、〇〇省の官僚も〇〇党の先生も〇〇不動産の役員もみんなやっている。

彼らはセックスの代わりに金をくれとは言わない。

ただびっくりするような金額を黙って渡してくる。

セックスは暗黙の了解みたいなもんだ。


バーをはしごした。

金持ちはいっぱいいたが、

なかなか愛人契約の話まで持っていけなかった。


「会計は立て替えといて!儲かったら返すから!」

4軒目で僕の頭を好きなだけひっぱたいた後、ましろはドヤ顔で言い放った。

金がないなら無いなりの飲み方しろ、と言いたかったが、

カラオケを歌いきったMay J.ばりのドヤ顔で大ジョッキのシャンパンを干すましろを見ていると、

こう言うしかなかった。

はいはい、払っときますよ。

「ひゃっほー」

ましろは百万借りに来た人というより、百万手に入れた人の顔してバーテンに絡んでいた。


僕は金持ってそうなおじさんを見つけるたびに声をかけたけれど、朝まで粘っても成果は出なかった。

ましろなんてパパ探しよりサパーの全裸ダンスに夢中になっていた。


「何の得にもならないのに、こんなに遅くまで付き合ってくれてすみません。続きは明日ですね。」

すみませんであるか!明日も付き合わせるんかい!

いつもの敬語が吹っ飛んだ僕を、

「お願いします。」

とましろは上目遣いににらんだ。


ただ働きとわかってて付き合わせるとはいい根性していると思ったが、

成果なしで終わるのはしゃくだ。

明日も頑張ろ!精一杯やるけど結果上手くいかなかったらごめんなさい。

また言っちゃった。

僕はやっぱり流されやすいんだ。


首が痛くて起きた。

もう昼過ぎだ。

飲んでたから車の中で寝たのか。

ルームミラーを見ると、ましろは後部座席をフルに使って死んだ金魚みたいに口を開けて寝ていた。

無防備すぎるでしょ。

きっと金が無いせいで相当ストレスが溜まっていたはずだ。

片親の母にも金を貸しているらしい。

僕はましろを起こさず、表参道にナビをセットして車を走らせた。


続く


ブラック個人事業主の社員の物語③~個人間融資家と秘密の六本木

俺は毎日田中と行動を共にした。

最初に気づいたのは、

田中はマジで運転がヘタだ。

志村どうぶつ園のパンくんのゴーカートの方がまだ安全だ。


そして多分田中は日本人じゃない。

たまに見たことないアプリで全て漢字のみのチャットもしている。

食べるものも中華料理ばっかりだ。


田中に色々教わった。

個人間融資とは人のトラブルを解決する仕事だ。


だから、借りたい人の不安が何かを聞くところから始める。


例えば、

闇金から借りてしまって、

親や会社に取り立てに来られると困る。

担当ホストをナンバーに入れる為にシャンパンを入れたけど、売り掛けを払える自信がなくて担当を困らせてしまいそうだ。


借りたい理由はそれぞれ違う。


お客さんの困っている事と、お客さんの喜ぶ事を理解しないと、

融資していいのか断るべきなのか、

全く判断できない。


田中について毎日話を聞いていた。

こいつは馬鹿じゃない。


お客さんがソフト闇金から借りていて、

ソフト闇金の借金をバックれても、

田中にだけは返す意味が理解できる。


ソフト闇金は返さなかったら嫌がらせだが、

田中は嫌がらせでなく当たり前の話をしに会社や家に直接行く。


しかもお客さんの会社や家族に対して最後までお客さんとの秘密を守る。


さすがに我慢の限度もあるようだが、

いろんな闇金から攻撃されて精神的に参っている客を追い込むことはしない。


俺が、闇金の奴らよりも返させるのが上手いですね、と言うと

「人間だから話せばわかるでしょ」

と言った。


弱い人間を脅すソフト闇金とはやり方が真逆だ。


ただし田中は嘘つきには容赦しない。

相手が嘘をつくとまあまあ酷いことも平気でする。


俺は田中の身振り手振りを真似して、

田中の一語一句をコピーした。


そして貸し付け、返済、お客さんの家族との話し合いなど、

覚えた事から順に自分でやっていった。



田中と出会って2ヶ月が過ぎた。


夏も終わったというのに、

地球がバカになったかのような暑さのせいでこっちもバカになりそうな9月の午後、

俺は田中の事務所で黙々と書類整理をしていると、田中がいきなり口を開いた。


「明日の予定は?」

明日はちょうど貸し付けも返済もないですよ。

珍しく明日は予定がない。

ゆっくりできそうだ。


「うん。じゃ六本木いくよ」

キャバクラですか?

六本木なんて行った事ない。

わくわくして田中の目を見ると、

田中はいつものように無邪気な顔でにこにこしていた。


「うん。その前に友達のバー行く。弁護士の先生と。」

こんな自己中な奴に友達がいたのは驚きだが、

田中が弁護士と交流がある事にも驚いた。

田中さん友達いたんですね。

「うん。昔一緒にジャコウネコのフンの輸入やってた仲間で、インドネシアから帰ってきてこの前六本木でバー出したんだって。」

友達と言うよりビジネスパートナーか。

だよな、さすがに田中に友達はいないだろ。

話を聞いて納得した。


六本木に着くと、田中はGoogleマップを見ながらバーをやっている某に電話で道を聞いていた。


田中はいつも道に迷う。

こいつと比べたら、はじめてのおつかいの方が見ていてまだ安心だ。


最終的に道を聞くために交番を2軒はしごして、ようやくバーにたどり着いた。


「久しぶり。」

田中はいつも通りにこにこしている。


「先生、飲んでますね、

部屋の住み心地はどうです?」

カウンターにいる恰幅のいいケンコバみたいなお兄さんが弁護士先生のようだった。

「うん。ジムついてるからやる気でちゃってダイエット頑張ってるよ」

どうやら田中は最近弁護士にマンションを紹介して契約をとったらしい。

「3日坊主でしょ?」

田中はにこにこ笑った。


あいさつ代わりのやり取りが終わると、

田中は座ったと同時にチャイナブルーを頼んだ。

バーでも中華か。

「生ください」

バーで頼む酒の名前なんて知らない。

とりあえず生だ。


先にビジネスの話で口を開いたのはマスターだった。

「で?経常利益はどう?」

「間違いないね。」

田中はいつになく真顔で友達の目を見て続けた。

「去年の第2クオーターより1.8倍ってとこかな。」

田中は声を落とした。


田中は上場企業の役員にも金を貸している。

その会社の取締役会の方針で、今期の連結決算にここ1年の子会社の黒字をまとめて乗っけて、一気に利益を上げ、株主にアピールする策略がある事を田中は聞いていた。


これは違法なインサイダーには当たらない。

記者会見で発表するレベルの重要な事実を握っているわけではないからだ。


田中は続けた。

「おまけにもう一つトリックがあるんだ。過去1年、広告会社に毎月100万円の広告費を払ってるんだ。でも全く広告なんて出してない。」

「それって不正な経理じゃないの?」

マスターは眉をひそめた。


「違うんだな。1年で総額1200万円の広告費を払ってる。1200万円ぶんの大広告を今月と来月に一気に打つんだ。」

確かにトリックだった。


なるほど。株式会社〇〇か。

頭の中にメモした。

明日野村證券行って証券口座作って買ってやろう。


バーのマスターとは便利なものだ。

この店には与党の若い人間もよく遊びに来る。


こんな情報が物凄い金額に化けたりする。


弁護士先生がバーテンの女の子と2人で爆笑しながら話しているのをよそに、

田中は続けた。

「確かな話なんて世の中にはないから。がっかりさせたらごめんね。」

みんなの顔さえつぶれなければ、

儲かったらラッキー、損したらワラパイでいこう。

田中はいつものにこにこで話を締めくくった。

マスターもうなずいた。

「だね。サンキュ。」


2軒目のキャバクラが楽しみで仕方ない。


六本木の夜はまだまだ長い。